長崎地方裁判所 昭和24年(ヨ)54号 判決 1949年11月09日
申請人
林重治
外十三名
被申請人
長崎市
主文
申請人等の本件申請は、いずれもこれを却下する。
申請手続費用は、申請人等の負担とする。
請求の趣旨
申請人等代理人は、被申請人が昭和二十四年九月二十二日及び同月二十七日の二回に亘り、申請人等にした解雇の意思表示の効力を本案判決確定に至るまで停止する。被申請人は、申請人等に対し夫々昭和二十四年十月以降本案判決確定に至るまで毎月別紙目録各名下記載の金員を支払わなければならないとの判決を求める。
事実
申請人等は、いずれも被申請人に雇傭される職員であり、内中島俊明、松島秀夫、持田信子、百田英次、古賀酉之助、大槻長七の六名が雇傭員、その余の者等がその吏員であつて、夫々毎月別紙目録各名下記載の賃金の支払を受けており、且つ従業員を以て構成される長崎市役所従業員組合(以下組合と略称)の組合員でありその大部分は同目録各名下備考欄記載のような組合員であるが、被申請人は、昭和二十四年九月十七日制定された長崎市定数条例に基くものであるとして同月二十二日及び二十七日の二回に亘り、申請人等に解雇の意思表示をした。けれども右表意は、左の理由により無効である。すなわち、(一)長崎市当局は、これまで屡々同市には首切りのための定数条例の必要がないと言明して置きながら、同市長は、昭和二十四年九月十六日組合との間に協議会を開催し、定数条例を附議したが、組合としては、首切りを狙う定数条例には賛成することができないので、理事者側と全く意見が対立し、組合側は、全員退場した。ところが、同市長は、組合の反対を押し切つて翌日市議会に定数条例を上程し、議会においては、討論の後、総務委員会に付託し、同委員会は、審議の結果、七対二で理事者案を否決した。次いで、その審議の結果を本議会に報告し、議長は、これを無記名投票によつて、賛否を採決する旨宣言して投票を行つたところ、反対二十四、賛成八で委員会案は否決され、更に理事者提出の定数条例につき、改めて無記名投票を行つたら、再び賛成二十四反対八で定数条例は成立したのであるが、元来市議会は、その八月議会に全官労組代表たる申請人林重治が長崎市役所等の首切り行政整理反対決議に関する請願書を提出した際には、総務委員会及び本会議とも全員一致でこれを採択しながら、わずか一個月後の本会議では、掌をかえすように前述のような大差で首切り定数条例を可決するに至つたのは、真に奇怪千万であるばかりでなく、右条例は、憲法の保障する労働者の基本的権利である団結権、団体交渉権、争議権を全く剥奪し(憲法第二十八条違反)、首切られた労働者の就業権や生活権を何等保証せず、同法第二十五条、第二十七条違反)、それに対する適法な労働者の言論を圧殺し(同法第二十一条違反)刑罰によらない苦役におとし込むような(同法第十八条違反)内容を有し、公序良俗及び公共の福祉に反する違法無効のものである。次に、(二)市長は、前述のように、組合の反対を押し切つて、首切り定数条例を市議会に上程し、これを可決成立させた上、全然組合と協議をせず、一方的に本件解雇の表意をしたのであるが、元々市当局と組合との間には、昭和二十一年十二月二十八日以来労働協約が存在しており、市長は、従業員の任免については、その第五条により、当然組合と協議せねばならず、又その第九条により、組合員が行う組合運動を理由に不利益な処分をすることもできないことになつており、更に、昭和二十三年政令第二百一号が出た後、市長は、同年八月三十日附人第四十号を以て、部課長以外の人事については組合と協議する旨通達した。そればかりでなく、同年九月末の人事異動に当り、市長が組合の反対を無視して、組合員七名を馘首し、且つ主事三名の新規採用を一方的に発令したので、組合は、協約違反として、市長を責め、闘争を展開したところ、市長は、その非を認め、組合との間に、覚書を交換し、その違約したことを組合に陳謝したのである。尤も、市長は、九月二十二日第一回の解雇の表思をするに先立ち、組合執行委員長宛に前示労働協約を廃棄する旨通告して来たことはあるが、これは市長が右労仂協約の効力を認めていた証左であり、右通告に対しては、組合は直ちに回答書を送り、一方的な廃棄は無効であり、絶対に承認することはできない旨回答して置いたのである。斯様な次第であるから、被申請人の本件解雇の表意は、前示労働協約及び通達に違反する無効のものである。次に、(三)被申請人は、本件解雇は、過員であり、配置転換が不能であるために、これをした旨主張するけれども、前示定数条例による定員は、千二百六十名であつて、現在員千二百十五名に比べると、四十五名も多いから、過員は一名もいない筈であり、又配置転換不能ということも全く理由にならない。(四)今回首切られたものは大部分組合幹部であり、殊に、執行委員長、副委員長及び書記長(書記長は、中央執行委員として東京に常駐している)は、組合専従者であつて、市長もこれを認めており、これ等の者は、昭和二十五年の改選期までは、現在の地位を動かせない筈で、解雇されるべき理由は少しも見当らないわけであり、その他にも青年部長、青年副部長、婦人部長、前婦人部長(現在組合書記)及び青年部委員等がいるのであつて、本件解雇は、組合弾圧の目的を以て、これ等の幹部及び組合運動に熱心な者を狙つた不当労働行為であり、ただ表面から思想や組合運動を理由に弾圧することは「ポツダム」宣言及び極東委員会十六原則の趣旨を宣言した憲法第二十八条及び労働組合法第七条に違反するので、故意に牽強附会の理由を附しているのにすぎないものであつて、法律上無効のものである。更に(五)長崎市には同市吏員分限条例が存在するから、市職員の解雇は、右条例に準拠してこれを行わなければならないのに、これによらないで、前示定数条例によつて解雇したのは、重大な手続上の違背であつて、解雇は無効である。(六)定数条例の附則によると、整理の期限は、昭和二十四年九月三十日までになつているのに被申請人は、右期限経過後たる同年十月五日に解雇予告手当を手交する旨申請人等に通知しているので、労働基準法第二十条により、本件解雇は無効である。そこで、申請人等は、本件解雇の無効なこと及び解雇通告後無効判決確定までの賃金の支払を求めるため、訴訟を提起すべく準備中であるが、今日の経済状態において本案判決確定に至るまで、被解雇者として処置されるときは、ミイラになる外ないばかりでなく組合活動をするのにも回復することのできない損害を受けることが明かであるから、本件申請に及んだ旨陳述し、被申請人の答弁に対し、昭和二十三年政令第二百一号は、昭和二十年勅令第五百四十二号「ボツダム」宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基いて発布されたものであるが、同勅令は、新憲法の施行と同時に、これに違反するものとして、無効に帰した。仮にそうでないとしても、昭和二十二年法律第七十二号日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の効力等に関する法律により、昭和二十二年十二月三十一日を以て、効力を失つたから、従つて、右政令第二百一号も亦当然無効である。その他申請人等の主張に反する被申請人の主張は、全部これを否認すると述べた。(疎明省略)
被申請人代理人は、主文と同趣旨の判決を求め、先ず本案前の抗弁として、申請人等は、初め長崎市長を被申請人として本件申請をしながら、その後これを長崎市に変更したのは失当であると述べ、本案につき、申請人等がいずれも長崎市に雇傭される職員であり、その主張のように吏員及び雇傭員であつて、申請人等主張のような賃金の支払を受けており、且つ長崎市役所従業員組合の組合員であり、その大部分が申請人等主張のように組合役員であること(但し申請人林、迫田、住谷の三名が組合専従者であるとの点を除く)昭和二十四年九月十七日制定された長崎市定数条例に基いて同月二十二日及び二十七日の二回に亘り、解雇されたこと、市長が同年九月十六日組合との間に協議会を開催し、定数条例を附議し、組合がこれに賛成しなかつたこと、市長が組合の反対を押し切つて、翌日市議会に定数条例を上程し、申請人等主張の経緯により、右条例が成立したこと及び市議会が申請人等主張の請願書を主張のように、採択した事実のあることは、いずれも認めるが、右定数条例は、公序良俗に違反するものでないのは勿論、申請人等の本件解雇は、権利の濫用でもなく、又憲法違反でもない。次に、申請人等主張の(二)の点については、市長が組合の反対を押し切つて、一方的に本件解雇の表意をしたこと、市当局と組合との間に、申請人等主張の日時、労働協約が締結され、その第五条及び第九条がその主張のような内容のものであつたこと、市長が申請人等の主張のように人第四十号を以て、部課長以外の人事は組合と協議する旨通達したこと及び昭和二十三年九月末の人事異動に関し、組合との間に覚書を交換し、旦つ違約の点につき組合に陳謝したことは、いずれも争わないが、右労働協約は、昭和二十三年七月三十一日政令第二百一号の公布施行によつて、同日以降失効し、従つて長崎市役所業務協議会も亦当然消滅したものである。そうして、人第四十号通達は、爾後における暫定措置として、人事に関しては、市長から組合に対する通知により懇談的な協議をするという趣旨で出されたものにすぎないのであり、それだからこそ、前述のように市長は、これにより一応定数条例も事前に組合に内示して懇談したのであるが、右通達は、組合側の同意を必要乃至期待するものではない。なお、市長が第一回解雇の日たる九月二十二日執行委員長宛に、前示労働協約の廃棄を通告したのは、その効力の存在を前提としてされたものではなく、既に失効になつてはいるが、念のために斯様な手続をとつたのにすぎない。次に、(三)の点については、前示定数条例による定員が千二百六十名であるのに、当時の現在員が千二百十五名であつたことは相違ないが、長崎市の事務は地方自治法第二条に例示されているように、多種多様に亘り、各異つた分野の事務があるので、ただ人の頭数が揃えばよいというわけにはいかず、適材を適所に配置して、事務の完全な遂行を図らなければならないので、これを充実させるには、新に七十名の人員を要し、これを雇用しなければならないのである。斯様に、定数条例は、単に人頭を揃える意味で制定されたものでなく、事務の充実を図るのが目的であるから、市長は、同条例の制定当時の現在人員に事務の配分を行い、その事務の範囲内で、人が多くて、これを他の部門に転換し、配置することのできない者は、いわゆる過員としてこれを解職することができるのである。すなわち、右定数条例に基いて解雇した二十五名は、人間の頭数としては、計数上解雇当時の現在人員では、過員にならないが、事務配置の上からは、過員になつたのである。尤も、当時の市職員としての現在人員千二百十五名の外に、市は事務の性質上七十名の職員を必要とするのであるが、これ等は特殊技能者(疏乙第四号証記載)であるため前示過員として、解職した二十五名を配置することができなかつたのである。そもそも、前示定数条例は、市職員の定数を全体的に規定し、従前のように予算定員の増加だけによつて、自由に定員を増加する方式を根本的に改め、且つ過員整理の方法を分限条例によらずこの条例自体によつて行うことができるようにすることを目的としたもので(同条例附則第二項、第三項)従つて市長は、その所管に属する部門の常勤者の定数を吏員とその他の職員に大別し(同条例第二条第一号)、部門別の配分は、市長が市政運営に支障のないようにこれを定め(同条例第三条)、因つて生ずる過員を免職し得るものとしたものである(同条例附則第二項、第三項)。そうして、部門別配分は、人事の配置計画であつて、当然市長の自由裁量により決定されるべきものであるから、市長が自らの所管に属する部門別の定数を定めた結果(同条例第三条)第一条第一号の吏員その他の職員で、配置転換不能の者があれば、これを称して過員といい、従つて、任命権者たる市長が、事務配分の結果、前示のような趣旨で過員になつた申請人等を解雇したのは何等不当の処置ではない。(四)の点については、組合の執行委員長、副執行委員及び書記長が組合専従者であることは、これを否認する。元来組合専従者については、いうまでもなく市長がこれを指定することは不当労働行為になり、これに関する労働委員会の命令が確定判決によつて支持された場合には、使用者は罰則の適用を受けるのであつて、組合専従者は、組合自体がこれを定めなければならないものであるのに、今日に至るまで、組合からこれを決定し、申し出た事実は全然ない。更に、長崎市では市規則第二十二号を以て「長崎市職員団体の業務に従事する職員の休暇規則」を昭和二十四年六月二十日協議会に諮り、同年七月一日公布施行された結果、これに基き休暇を与えられた場合の外は、職員団体の業務に専従することができないのに、前示三名については、市長に申し出て、職員団体の業務に専従するための休暇の与えられた事実は全然なく、殊に東京常駐の書記長の如きは、右規則公布実施に先立つて同年六月十一日既に従前の職務を任意離脱した無断欠勤者である。なお、被整理者が大部分組合幹部であると申請人等はいうが、事実被整理者全体の実数から見て、組合幹部の占める比率は小さく、その中に組合幹部数名を含んでいるにしても、それは偶然の事実にすぎないのであつて、本件解雇が不当労働行為に当る旨の申請人等の主張事実は、これを否認する。(五)の点については、市長は、適法に成立した前示定数条例に基き、その自由裁量権により本件解雇をしたものであり、必ずしも分限条例に従い整理をしなければならない筋合のものではないから、申請人等のこの点に関する主張は失当である。(六)の点については、市長が申請人等に対し解雇予告手当を十月五日に交付する旨通知したことは相違ないが、その余の申請人等主張事実は、これを否認する。すなわち、一つには労働者の当然の権利と解すべき積立金、保証金その他の金品を、権利者の請求があつた場合、七日以内に返還しなければならないとする労働基準法第二十三条の法意との権衡上から見ても、法条自体に何等解雇予告手当を支給すべき時期について規定しない同法第二十条を申請人等主張のように解雇予告手当を支給しなければ解雇の効力は生じないと解釈することは、極めて無理であるばかりでなく、又他方同条違反に対して未払金と同一額の附加金の支払を民事訴訟により命ずることができるとした同法第百十四条及び更に第二十条の違反に対して罰則の適用を予想する同法第百十九条の規定の法意から勘考しても不当であるといわなければならない。なお、市当局としては、十月五日は勿論同日以前でも、被解雇者から予告手当の請求があるときは、何時でもこれが支払をすることができるように準備していたのである。
次に、申請人等が、本条の訴訟で主張しようとするのは、被申請人のした解雇の無効確認と雇傭契約の存在を前提とする賃金支払請求であり、結局においては、賃金たる金銭債務の支払を求めようとするものに外ならないが、本案判決確定前において、仮処分により保全しようとする目的は、強制執行の保全にあるから、仮処分をするにはこれをしなければ将来の強制執行をすることができないおそれのあることを必要とするにもかかわらず、本件の場合には、たとえ申請人が本案で勝訴の判決を得ても、強制執行のできないようなおそれは少しもないから、仮処分の必要はなく、従つて、本件申請は失当である。更に、申請人等の申請の趣旨は本案判決の確定前に、申請人等に勝訴判決を得させるのと同一の結果を発生させようとするものであつて、仮処分本来の目的である保全の目的を超越する仮処分命令を求めようとするものであるから失当である。殊に、雇傭関係は、被傭者が労務に服し、雇傭者がその対価である賃金を支払うものであるから、本件のように既に過員になり、申請人等の労務を必要としない。すなわち、申請人等が労務に服する余地のない場合に、仮処分命令を以て、仮の地位を与え、賃金の支払(金銭債務)を命ずることは、許さるべきものではない旨陳述し、なお市職員の現在員中、吏員は三百七十名、その他の職員は八百四十五名である。申請人等以外の整理者は、杉野利春、内田博、倉岡ソエ子、勝谷留男、大平ノブ子(以上雇)竹内秀太郎、伴正之(以上衛生夫)、西野広次、徳安清英、松本勝(以上事務吏員)、松本高記(技術吏員)で内松本勝を除くその余の者は全部組合員である。又本件解雇に先立ち、希望退職者を募らなかつたことは相違ない旨附演した。(疎明省略)
理由
職権を以て、申請人等の本件申請の適否について考察する。
先ず、申請人等のうち中島俊晴、松島秀夫、持田信子、百田英次、古賀西之助、大槻長七の六名が被申請人の雇傭員であり、その余の申請人等がその吏員であることは、当事者間に争のないところであり、市吏員は、地方自治法第百七十二条第二項により、市長がこれを任免し、且つ右吏員に関する職階制、試験、任免、給与、能率、分限懲戒、保障、服務その他身分取扱に関しては、同法及び同法に基く政令に定めるものを除く外、別に普通地方公共団体の職員に関して規定する法律の定めるところによると規定され、同法の予想するいわゆる地方公務員法は、まだ制定されるに至つていないが、その制定に至るまでの間における暫定措置として、地方自治法附則第九条に基き昭和二十二年政令第十九号同法施行規程が施行され、吏員の服務に関しては、同規程第三十八条により、なお従前の市町村職員服務規則の例によるものとされるとともに、その職務の執行についても、市長の補助機関として、その指揮監督の下に、市の公共事務並びに従来法令により及び将来法律又は政令により市長の権限に属する国、他の地方公共団体その他公共団体の事務の管理及び執行を補助すべき地位を有するものであることは、これ亦同法第百四十八条、第百五十四条に徴して疑を容れないから、市吏員は、市長との間に公法上の命令、服務の関係に立つものといわなければならない。
これに反し、市の雇傭員については、その就職その他の身分上の事項に関し、地方自治法に何等の規定も存しないので、疑がないではないが、これ等の者は、普通雇傭の形式によつて、市の職員たる地位を取得するのにすぎないとはいいながら、なおこれ等の者にあつても、事実上市長及びその他の吏員の手足として、市長の所管事務に関連を有する労務に服し、市政の完全な運営に資する職責を有することは、一般に公知の事実であるから、昭和二十三年七月二十二日附内閣総理大臣宛連合国軍最高司令官書簡中には斯様な雇傭員をも含めて「その勤労を公務に捧げる者」と称し「これと私的企業に従う者との間には、顕著な区別が存在する。前者は、国民主権に基礎を持つ政府によつて使用される手段そのものであつて、その雇傭される事実によつて与えられた公共の信託に対し、無条件に忠誠の義務を負う」と述べられているのものと観るべく、更に、右書簡に基き、同月三十一日発布された政令第二百一号によると、任命によると、雇傭によるとを問わず、市職員は全部公務員として全く同一に取り扱われ、一切の争議権を有しないのは勿論、市当局に対しては、ただ不対等の立場でだけ、単に苦情、意見、希望又は不満を表明し、且つこれについて話合をし、証拠を提出することができるという意味において交渉する自由を許与されるのにすぎないことを知ることができる。申請人等は、政令第二百一号は、昭和二十年勅令第五百四十二号「ポッダム」宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基いて発布されたものであるが、同勅令は、新憲法の施行と同時にこれに違反するものとして無効に帰した旨主張するけれども、勅令第五百四十二号は、旧憲法第八条に基いて発せられた緊急勅令であつて、昭和二十年十二月八日貴族院、同月十八日衆議院で夫々承諾を与えられたから、旧憲法上法律と同一の効力を有するに至つたものであり、新憲法第九十八条によると、新憲法の条規に反しない限り、同法施行後もなお法律としての効力を有するところ、元来右勅令は、わが国が「ポッダム」宣言の条項を誠実に履行し、旦右宣言を実施するため連合国軍最高司令官の随時要求する事項を急速に実施する目的を以て降伏文書の要請に基き、制定されたものであつて、降伏文書の要請が憲法以上のものである以上、新憲法の条規に反しないものというべきである。
次に、申請人等は、右勅令は、昭和二十二年法律第七十二号日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の効力等に関する法律により、昭和二十二年十二月三十一日を以て効力を失つたから従つて、政令第二百一号も亦当然無効である旨主張するけれども勅令第五百四十二号が新憲法施行後法律としての効力を有する緊急勅令であることは、前段認定したとおりであつて、右法律第七十二号第一条にいわゆる命令とは、斯様な緊急勅令以外の一般の命令だけを指称するものと解するのが相当であるから、申請人等の右主張はこれを採用することはできない。そうだとすると政令第二百一号は完全に効力を保有しており、雇傭員も亦吏員と同様に、市長と上下服従の公法関係に立つものというべきであり、斯様に解釈するについては、昭和二十三年法律第二百二十二号国家公務員法の一部を改正する法律第二条が従来特別職としてその適用を除外していた現業庁、公団その他これ等に準ずるものの職員(改正前の第二条第十二号)及び単純な労務に雇傭される者(同条第十四号)をも一般職に編入し、同法の規定を全面的にこれ等の者にまで適用するに至つた事実も亦その一資料とすることができよう。そこで、進んで、長崎市長の申請人等に対する本件解雇の意思表示の法律上の性質について接するのに、右解雇の表意は長崎市議会が地方自治法第百七十二条第一項、第三項、第十四条、第九十六条に基き、昭和二十四年九月十七日同市職員定数条例を制定し、該条例において、市長の事務部局の職員の定数を吏員四百七名、その他の職員八百五十三名計干二百六十名とし、(第二条第一号)右職員の定数の当該部門別の配分は、市長が定めること(第三条)、職員の数は、昭和二十四年十月一日において第二条各号に掲げる定数を超えないように、同年九月三十日までの間に逐次整理されるものとすること(附則第二項)、前項の規定による整理を実施する場合においては、任命権者は、過員となつた職員を免職することができるものとすること(同第三項)等を規定したところに従い、長崎市長が、その有する条例執行権に基き、前叙服従関係に立つ申請人等に対して、一方的にした剥権行為であることは、成立に争のない疏甲第三号証、証人山本嚴雄の証言により疏明されるところであるから、該表意は、それが適法であるかどうかは別として行政庁としての市長の行政処分に該当し、単純な私法上の行為ではないものと判定するのがまことに相当であり、しかもいわゆる行政処分なる概念を、特に一般市民の権利を剥奪し、若くはこれに対し義務を課する一方的な行政行為だけに限定し、市の職員に対する斯様な行為を除外すべきいわれは少しもない。果してそうだとすると、行政庁の行政処分に対しては、行政事件訴訟特例法第十条、第七項により、仮処分に関する民事訴訟法の規定は全く適用されず、ただ同条第二項所定の要件の存する場合に限り、右処分の執行の停止を求めることができるのにすぎないから、申請人等の本件申請が民事訴訟法上の仮処分を求めるものであるとすると、既にこの点で失当であり、又右申請を目して、行政処分の執行の停止を求めたものと解しても、本案訴訟がまだ提起されていないことは、当裁判所に顕著であるから、前示特例法第十条第二項の要件を具備しておらず、結局不適法としてこれが却下を免れない。そこで、申請手続費用の負担について、民事訴訟法第八十九条、第九十三条第一項本文を適用し、主文のとおり判決した次第である。
斯様に、申請人等の本件申請は、これが前提たる本案訴訟の提起がないという理由により遺憾ながら排斥されるに至つたけれども、このことは、当然長崎市長の申請人等に対する本件解雇処分が適法であることまでをも意味するものでないこと勿論である。
むしろ、この点については、前示定数条例による定員が千二百六十名であるのに、当時の現在員が千二百十五名であつて、定員より四十五名も下廻つていること、被解雇者中一名を除き他は全部組合員であり、その中には執行委員長、副執行委員長、書記長、執行委員青年部長、同青年副部長各一名、青年部委員二名、婦人部長一名の組合幹部大部分を包含していること及び本件解雇に先立ち、退職希望者を募つた事実のないことは、いずれも当事者間に争のないところであつて、これ等に前顕疏甲第三号証、証人境宗臣、猪口泰夫の各証言を彼是綜合すると、本件解雇は、申請人等の主張するように、配置転換不能に因る過員を整理するという名目の下に、組合弾圧の目的を以て、組合幹部及び組合運動に熱心な者をも狙つたものではないかとも疑われるのである。これに対し、被申請人は市長として、適材を適所に配置して、市の事務の完全な遂行を図らなければならないので、これを充実させるには新に特殊技能者七十名の職員を真に必要とし、これを雇用しなければならない関係上、事務配置の結果、申請人等二十五名という配置転換不能の過員を生じたので、これを解雇したのに止まり、決して組合弾圧の目的はなかつた旨主張するけれども、仮に右定数条例所定の新定員が予算の節減及び事務の簡素化の観点から一応已むを得ないものであつたとしても、同条例制定当時の現在人員について、果してどんな事務の配分が具体的に行われたかを窺知すべき何等の資料をも被申請人の提出しないところであり、更に、特殊技能者七十名の新規採用を要することの疏明方法として被申請人の提出した疏乙第四号証について、検討するのに療養中の特殊技能者として、保健婦長、医師、看護婦、職工、船夫、水夫を掲げているけれども、これ等の者が結核疾患による長期療養中の職員であること及び「その他の職員」欄における養護婦、賄夫等が免許その他特別の資格を必要としないことは、いずれも被申請人のこれを認めて争わないところであるから、これ等の者を右七十名に包含させることは必ずしも当を得ないばかりでなく、その掲げる特殊技能者の各種類別の所要人員が果して夫々何名であるかも全く不明であり、多数の出血を生ずべき整理の前提として作成された文書としては、甚だしく杜撰なものであるとも推断され、これ等各般の事情を参酌し、前顕証人境宗臣、猪口泰夫の各証言と対照するときは、右乙号証並びに証人山本嚴雄の証言その他被申請人挙出の全疏明方法によつては、まだ被申請人の右主張事実を疏明するのに足りないのではなかろうかと思われるのである。要するに、斯様な次第で、現在における論証の程度では、被申請人の本件解雇処分には、納得のできない点が多々あり、むしろ違法のものではないかという疑惑の念を禁ずることができないことをここに附言しなければならない。